ξ゚听はサイレントヒルで看護婦をやっていたようです(4)

 

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:25:45.75 ID:ZENPWxCt0

立つだろうか

 

 

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:28:25.26 ID:ZHymuJnTO

 

期待

 

 

3 名前: s7L3t1zRvU 2009/06/04() 21:30:07.33 ID:ZENPWxCt0

 

代理のお二方申し訳ないです……。

 

今回はちょっとボリューミー。

そして前スレについての修正もボリューミー。

文丸さんには、毎度のことながら修正に対する謝罪と感謝を。

 

>>17 その切っ先をぐらあり、と彷徨う。  切っ先がぐらあり、と彷徨っていた。

 

>>20 ほとんどわたしの声は悲鳴だった。  ほとんど悲鳴だった。

 

>>31 モララーの言葉を聴いて、  モララーの言葉を聴いても、

 

>>34 わたしが引き金を引き、  わたしが瞬間的に引き金を引くと、

 

>>46 指で血管を引きちぎる。  残った左手で器用に血管を引きちぎる。

   何かを探り当てる。 → 何かを探り当てたようだった。

 

>>63 予想して、モララー支えて  予想して、モララーを支えて

 

>>73 一回の攻撃範囲が扇状に広いこと。  それは、一回の攻撃範囲が扇状に広いこと。

 

>>150 ドアから清潔な白衣の男。  ドアから、清潔な白衣を着た男。

 

>>151 だが、彼の悪態に返答をせずに、  だが、彼の悪態にも構わず、

 

>>156 首だけを回した。  首だけを左に少し、回した。

    この男の左目が憎い。 → なんとかわたしを見ようとする、この左眼が憎い。

 

 

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:31:42.09 ID:ZENPWxCt0

 

前回のあらすじ

 

 ξ゚听と( ・・)は互いに大きな傷を負いながらも、三角頭の怪物を退ける。

 満身創痍で病院内を進み、どこかからか聴こえてくる声を追った。

 悲しそうな、姿の見えない者のそれが、二人の心を捉えたためだった。

 

 ついに病院地下へと通じる階段へと到達したξ゚听は捜し人と遭遇する。

 ξ゚听は激情に駆られ、爪'`)の背に銃口を押し当てながら言う。

 この男がわたしを犯し、さらにこの町に呼んだ、と。

 

 ( ・∀・)も息子を間接的に殺した相手だと聞き、激昂する。

 二人が罵倒する中、爪'`)が自らの潔白を叫んだ。

 いずれの罪にも関係がない、と。

 

 さらに自分こそがξ゚听の婚約者であるとの言葉に、彼女は混乱した。

 爪'`)によって語られる事柄は、ことごとく彼女の記憶と食い違う。

 ( ・∀・)さえも困惑の色を示し、疑念が二人の胸に湧いた。

 

 自分の記憶はどれだけ正しいのか?

 彼らがその検証をする前に、世界は変調してしまう。

 キーパーソンである爪'`)の消失を伴って。

 

 

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:33:44.88 ID:ZENPWxCt0

 

Load

 

 

 痛くて苦しいのに、男と女は胸まで締め付けられる。

 

 

 ぼろぼろの身体と、ずたずたの心。

 

 

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:34:06.85 ID:q/vBZWarO

 

きたああああああああ!!

 

 

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:34:34.41 ID:ZENPWxCt0

 

 しけった壁紙が剥がれるような変調音でなく、一瞬の暴風。

 ぶわ、と病院内に一陣の風が訪れ、金網も錆びも、赤も黒も消え去った。

 そして、慌てた様子だったフォックスさえも。

 

 病院の中に暗闇が戻った。

 バッグから懐中電灯を取り出し、スイッチを入れる。

 スライド式のそれが、手に付着した血液で粘ついた。

 

(メメ・∀-)「……っ」

 

 モララーがバランスを崩しかけていた。

 すぐに腕を彼の脇に差し込む形で支えに入る。

 

ξ 「大丈夫?」

 

 彼からの抵抗は一切なかった。

 ちょっとした礼さえも、同じくなかった。

 

(メメ ・)「ああ」

 

 短い受け答えだけが一往復する。

 

 

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:35:55.49 ID:ZENPWxCt0

 

 モララーは何度か深呼吸をすると、なるたけ滑らかに喋ろうとする。

 

(メメ ・)「俺の時もお前はこんな気持ちになったのかな」

 

ξ ……錯乱していた時のこと」

 

(メメ ・)「錯乱、か。いや、思い違いかもしれない」

 

 彼は、息子の死や自らのことをすっかり「思い違い」していた。

 投獄され、精神状態に変調をきたし、そして記憶に齟齬を起こしたのかもしれない。

 では、わたしはどうだ。

 

 わたしに夫がいたかどうか、確証が持てないでいる。

 先ほどの、自らを婚約者であるとする発言も否定しきれない。

 物的な証拠、結婚指輪の所在も不明。

 

 裏付けとなる何かを待っていても、周囲に広がる闇は何も返してはくれない。

 

(メメ ・)「さ、さっきの、男に、会いたいか」

 

 足元に落としていた鉄パイプを拾おうとすると、そんな問いがかけられる。

 

 

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:37:52.38 ID:ZENPWxCt0

 

ξ 「わからない」

 

 本当に、わからない。

 

 暗闇、無音、緊張、負傷、失血。

 重なる要素が混乱を助長させ、痛覚信号とともに口を鈍らせる。

 論理が通用しない事象を余計に迷走させている。

 

 辛うじてモララーによって孤独が要因に含まれていない。

 そのために完全なる狂気に陥ることはなかった。

 しかし、

 

ξ ;)ξ「ほ、本当に、何が何だか、わからない」

 

 どうしてここに来たのか。

 何故わたしがこんなひどい目に遭うのか。

 苦痛や恐怖にさらされる現状に意味があるのか。

 

(メメ )「……俺もだ」

 

 モララーはそう呟いてから、階段への扉を開けた。

 

 

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:38:48.14 ID:ZENPWxCt0

 

 捜し人との遭遇によって揺らいだ感情が、この町へと来た原初の目的意識を甦らせた。

 しかし、それは本当に正しいものだったのか。

 

 子供の声が時々、頼りなく頭に響く。

 

 では、この声については?

 彼、あるいは彼女を助けたいという気持ちは、偽りではない。

 

 フォックス・カウフマン。

 

 彼の言葉を信じて、着いていくべきだったのだろうか。

 

 モララー。

 

 彼は自らも危険へと飛び込む意志があることはわかっている。

 

 わたしはどうするべきか、何を――特に自身を――信じるべきか分からないまま、病院の深奥へと進んでいく。

 

 

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:39:42.78 ID:ZENPWxCt0

 

 徐々に地下へと足を踏み入れていく。

 ひどく暗い視界と、自分達の足音が反響によって気分が悪くなる。

 いや、それが直接の原因ではないのかもしれない。

 

 わたしもいくらかの出血と多量の発汗により、水分が失われている。

 意識が朦朧としてきている。

 加えて、忘れることのできないフォックスの言葉が頭にちらつく。

 

ξ゚「モラ゙……ッ、ン、モララー、大丈夫?」

 

 喉がいがらっぽく、発声が億劫になっている。

 気を抜けば階段から落下しそうなほどの消耗状態。

 なんとかモララーの肩を担いで武器を持ってはいるが、いずれもすぐに放り出したいほどだった。

 

(メメ・∀ )「なん、とかな」

 

ξ゚「とりあえず、下に行けば。せめて輸血をしましょう」

 

 緊張を維持したままで進むのはかなり危険だ。

 蓄積された疲労がとうとう脚に表れ始め、震えてきている。

 一段下に足を置こうとするのすら危うい。

 

 

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:40:49.84 ID:ZENPWxCt0

 

 先に下の段で待ち、小さく跳ねるモララーを支える。

 持ち物全てが煩わしい。

 べたつく空気すらも重たく感じる。

 

(メメ・∀ )「俺もだ。俺も、わからないことだらけだ」

 

 わたしは答えない。

 

(メメ・∀ )「ここ、に来るまで、は、どうして、いたのか」

 

 わたしは答えない。

 

(メメ・∀ )「マタンキが、死ぬ、ほどの価値が、ある、人間だったのか?」

 

 そんなのこと、わたしには答えられない。

 

(メメ・∀ )「呼んでる。息子が、呼んでる。やっと、会えそうなんだ。待ってろよ」

 

 わたしは言葉では応えない。

 代わりに、首に回されていた彼の腕を強く掴んだ。

 

 彼が没入しようとしている「死」から、少しでも守ってやりたいという気持ちからの行動だった。

 

 

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:42:57.42 ID:ZENPWxCt0

 

 下へ。

 

 わたしの子供とモララーの子供の声がまた、ぽつり、聴こえる。

 逃げて欲しい、という言葉。

 助けて欲しい、という口調。

 

 それに強く惹きつけられながら、別のものも胸にあった。

 

 モララーは当ての無い悔恨を晴らそうと。

 わたしは消えてしまった男を追いかけて。

 どちらも曖昧で、不確かなもの。

 

 こんな非常の世界に確証を求めるのは、とてつもない愚行だとは知りつつも、

 しかし、自分は先に進まなければならない、という確信があった。

 

 わたし達は、ふらふら、身体を地下へと埋めていく。

 

 

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:43:54.01 ID:ZENPWxCt0

 

 それから一度折り返し、さらに下り、地階の空間に通じるドアの前に立つ。

 

(メメ )「……ヒュゥ……カッヒュウ……

 

 小休憩を挟むほどの猶予は無さそうだった。

 座り込んでしまえば二度と立ち上がれない気がする。

 疲労している事実を頭から振り払って、慎重に鉄扉を開けた。

 

 そして、怪異が待ち構えていた。

 

 地階にあるべき平坦な床は認められず、そこにあったのは金網の段々。

 左方向に大きく湾曲して、下方へと続いている。

 手摺や外周に所々存在する鉄柵以外に、天井も壁も無く、闇が広がるばかり。

 

 支柱も無しに独立しているという異常な部分を除けば、これは――

 

ξ゚「螺旋階段……

 

 吹き抜けから底は見えず、かなり深くまで下ることになるだろうと予想できた。

 半周ごとに淡い明りを放つランタンが「宙に浮いており」懐中電灯は必要なさそうだ。

 

 ふと、振り仰げば、くぐった扉の周囲壁面は数十cmのみが残されている。

 階段と繋がって、不自然に浮いた病院の名残……。

 

 

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:44:18.03 ID:GjTLzn06O

 

サイレントピル(あふれモーニングピル・緊急避妊)かと思った

 

 

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:45:25.00 ID:ZENPWxCt0

 

ξ゚「ッ」

 

 モララーが大きく前傾し、わたしも引っ張られる。

 23段飛ばして下方のステップを踏みしめることで、なんとか持ち直した。

 

(メメ )「カハッ……ヒュゥ……ヒュゥ……ゼァ……ヒュッ、ウゥゥ」

 

 彼の体温が高い。

 怪我に対する反応で、流汗を起こしている。

 呼吸にすらかなり体力を使っているようだ。

 

ξ゚「頑張って」

 

 ぼんやりとした返事を聴く。

 

ξ゚「歩くわよ」

 

 時々手摺にもたれながら、わたし達は螺旋を辿る。

 

 かしん、がっしゃ、かしん、がっしゃ、かしん、がっしゃ。

 

 わたしが踏み出して、モララーが一歩、跳ぶ。

 

 

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:46:49.54 ID:ZENPWxCt0

 

 半周。

 

 ランタンの近くで、階段の外周に檻が吊られているのが見えた。

 太い鎖が上方から伸びている。

 空中に隔離された牢屋のような印象。

 

 中に押し込められていたのは、ひとつの大きなモノと、それに比べて小さなのモノが数十。

 蠢く内容物に眼を奪われて、しかし、見なければよかったと思う。

 

 そこではグロテスクな、ぬめりに包まれた灰色の皮膚が絡まりあっていた。

 

 

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:47:56.38 ID:ZENPWxCt0

 

「ケァア。ケァアアアアア」

 

 人間の脚が生えた、胴の短く太い蛇か、あるいは巨大なヒルのような、怪物達。

 後方は尻尾のように尖り、灰色の身体が滑らかな凹凸を持っている。

 それが、

 

「げあああああうぎゃあああああああ」

 

 病院の三階で遭遇した脚付きの大玉に、丸っこい頭部を突っ込んでいた。

 正確には、頭を突っ込んで、肉を貪り食っていた。

 

 みちみち。

 くちゃり。

 

 徐々に内部へと、文字通り侵食している。

 

 さながら、卵子に群がる精子の群れ。

 

 学生時代、発生を学ぶ際に眺めたスライドを思い出す。

 それぞれに生えた脚と大きさ以外、行動の差異はない。

 

 だが、手を出すことも、それ以上に気に留めるもせずに横を通り過ぎた。

 

 

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:49:05.77 ID:ZENPWxCt0

 

 かしん、かしん、がっしゃ、かしん、かしん、がっしゃ。

 

 わたしが二歩、踏み出す。

 

 モララーがゆっくりと手摺とわたしの肩に補助を受けて、跳ぶ。

 

 かしん、かしん、がっしゃ、かしん、かしん、がっしゃ、ん。

 

 モララーが金網の階段を少し踏み外してしまう。

 

 心臓が跳ね上がったが、彼を抱きとめて事なきを得る。

 

 手摺に沿って左へと緩やかに方向修正をしながら下り、下り、下り、下った。

 

 

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:50:15.07 ID:ZENPWxCt0

 

 二周。

 

 その部分には、螺旋階段の外周と接続された扉があった。

 ランタンの明かりで、鉄扉に張られた紙切れを見つける。

 それは、登場を期待していた赤い紙。

 

 ぐらぐらに歪み始めた視界で拙い文字を読む。

 

[Blad is in here]

 

 意味を理解すると、すぐドアノブに手をかけた。

 

 そこには階段の始めの扉と同じく、周辺の壁しか存在しない。

 向こう側に空間がないかもしれず、踏み出せば奈落の底へと落ちるかもしれない。

 薄っぺらいハリボテのようなものの裏に部屋があるという保証はなかった。

 

 それでも、赤い紙を信じて躊躇せずに中に入った。

 

 

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:51:39.06 ID:ZENPWxCt0

 

 煌々と電気に照らされた、眼が痛くなるような白っぽい部屋。

 青いタイル張りの壁と白のリノリウムが、これまで訪れた場所とは対照的に、かなり清潔だった。

 壁際に寄せられた銀色の冷蔵庫や、ダンボールの詰まれた一角、また、いくつかのスチール棚。

 

 赤い紙の「Blad」はすなわち「ち」。

 正確には「Blood」、「血」だ。

 

 部屋に入るなり扉に施錠し、モララーをダンボールの山に座らせる。

 持っていた荷物を全て部屋中央に置くと、棚をあさった。

 

ξ 「これ、と、これ。あとは、これがあれば」

 

(メメ )「カフッ、ゲホッ! カッ……カヒュウ……

 

 利き手の指が飛ばされていなくて助かった。

 左手を握り、開いて確認したが、作業に支障は生じないだろう。

 

 疲労で震える指先が、冷蔵庫の中にあったビニール素材のパックに触れる。

 赤い液体入りのものを2つ掴むと、ぐったりと上を向いたモララーの額に乗せた。

 

 熱冷ましと、輸血用血液の温度上昇を狙っての行動だ。

 低温のまま輸血してしまえば、体力を消耗してしまう。

 

 モララーの血液型は訊いていなかったため、これはO型のものだ。

 特殊なタイプで無い限り、血液凝固は起こさないだろう。

 

 

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:53:00.06 ID:ZENPWxCt0

 

 点滴用のスタンドが見当たらない。

 針とチューブ、テープ、包帯はあった。

 オキシドールもわたしがカバンに詰めていた。

 

(メメ )「すまっ、ない……ヒュウ……助か、たす……

 

 黙らせるようにモララーの口元に手を添えると、彼はすとんと眠りに落ちた。

 ダンボールがソファの役割をして、彼に安息を与えているようだった。

 その間に、包帯を彼の上腕に巻きつけ、駆血帯とする。

 

 前腕内側を消毒して、浮き上がった血管へと針を打ち、テープで固定する。

 そして、パックを壁の高い位置に貼り付ければ、輸血の準備は完了だ。

 

ξ 「これで、よし」

 

 チューブの中をゆっくりと血液が流れ始めた。

 看護婦を現役でやっているからこそ、ぼんやりとした意識でも完遂できた。

 若干の安堵。

 

 モララーがまだ生存しているのを確認すると、冷蔵庫をさらに探る。

 

 

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:54:38.20 ID:ZENPWxCt0

 

 輸血用の血液、いくつかの移植用臓器。

 保存開始期間を意味する数字の入ったラベル。

 そんなものはどうでもいい。

 

 求めているのは、もっと単純なものだ。

 

ξ 「あった……よかった……

 

 透明の分厚いビニールに入った、同じく透明の液体。

 一般的に言う点滴だった。

 

 内容物は、いくらかの栄養物質――血糖値を上げるためのもの。

 そして、ひどく渇望していた水分だ。

 

 チューブを繋ぐための穴はプラスティックの蓋がされていた。

 半ば強引にそれを歯でくわえて回し取り、よく冷えた中身を飲み始める。

 

 唇に触れた瞬間から、水分が身体中に染み渡るのがわかった。

 舌にみずみずしさが戻り、喉のいがらっぽさが流れる。

 冷たさが胸を通り、胃の辺りに溜まる。

 

 

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:58:12.41 ID:ZENPWxCt0

 

 夢中になって飲んだ。

 

 ごくり、と喉を鳴らしながら。

 

 唇の端を水が流れる。

 

 呼吸が阻害されて辛い。

 

 それにも構わず飲む。

 

 あっという間に一袋を飲み干した。

 

 次の点滴の袋を取り出し、それも同様に干す。

 

 床に放ったパックを踏みつけて、もう一袋、と腕を伸ばした。

 

 そこで、冷蔵庫の取っ手に近づけた手を止める。

 

 モララーにも分けなくては。

 

 

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:58:40.68 ID:ZgQmd4Cy0

 

きた!

支援

 

 

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 21:59:37.44 ID:ZENPWxCt0

 

 危ないところだった。

 血を与えたところで水分や栄養が無ければ死んでしまう。

 彼の方が必要だったのに、自分のことばかり……。

 

ξ 「いけない。彼は死なせたくない。見殺しにしてはいけない」

 

 彼も下に用がある。

 わたしだけが、わたしだけが。

 

 わたしだけが、何だ?

 

ξ 「え?」

 

 何だ?

 

 何でわたしはここに?

 

 

 保管庫の扉が、がちゃがちゃと揺れる。

 

 

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:00:27.23 ID:ZENPWxCt0

 

「なんだこれは……。鍵を開けてください!」

 

 焦ったこの声が誰のものか、判別するのに時間はかからなかった。

 

ξ 「フォックス、先生?」

 

「ツンさん!? 良かった! 突然消えてしまったから……」

 

 そうだ、さっきこの人が階段の入り口で消えてしまったから。

 だからわたしはフォックス先生を探しに来たんだっけ?

 

「さっきの方もそこに?」

 

 さっきの方。

 振り向くと壁際には男性。

 どうしてあんなに苦しそうなんだろう。

 

 輸血まで受けて。

 あれ、足にひどい怪我を負っている。

 さっきの方とは誰だ?

 

 ぴらり、と空中から赤い紙が現れて、冷蔵庫前に落ちた。

 

 

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:02:04.70 ID:ZENPWxCt0

 

「とにかく、ここを開けてください! 看護婦達が狂ってしまっている!」

 

ξ 「看護婦」

 

 思い出す、その異形との遭遇の瞬間。

 

 わわわわわ。

 

 その水中から響く声が耳に残っている。

 

 どぱっ。

 

 こちらはショットガンの音だ。

 

 悲鳴。

 

 そうだ、わたしはそれを殺した。

 

ξ 「看護婦が狂ってしまっている?」

 

 狂った、ということは、元は人間だった?

 

「早く! 話さなければならないこともあります……」

 

 

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:03:07.11 ID:ZENPWxCt0

 

 人間を殺した――。

 罪人という単語が浮かぶ。

 思い出される、赤い三角頭と、肉厚の刃を持つ大鉈。

 

 ぶうん、ごり、ざぎん。

 

 モララーの足先が真っ二つに割れた。

 噴出した血。

 絶叫に上塗りの、ずん、という重々しい足音。

 

 彼は現在も治療を待っている。

 

ξ 「そうだ、モララーに点滴を」

 

「モララー……。彼は今どうしていますか?」

 

 急に声が潜められた。

 違和感を覚え、扉に寄って返答した。

 

ξ 「寝ています。疲れてしまって。怪我もしていましたから」

 

 ぴらり、背後でもう一度音がする。

 

「ここに来るまでに三階に行ったんです。そこで僕は、彼を見ています」

 

 重ねるように鉄扉の向こうから声がする。

 

 

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:03:49.29 ID:I6Je5kv2O

 

お!読ませてもらうよ!

 

 

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:04:20.54 ID:tpgm+7wsO

 

まとめどこ!?はやく!!

 

 

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:04:42.80 ID:ZENPWxCt0

 

 何のことを言いたいんだろう。

 彼はわたしと一緒にいたのに。

 

 一緒にいたって、誰と?

 あれ?

 

 そうだ、フォックス先生に声を返さないと。

 

ξ 「それが、どうしたんですか?」

 

 鍵に手を伸ばしながら、わたしも声を抑えて訊いた。

 フォックス先生に詳細を尋ねたかったからだ。

 

「見ませんでしたか。特別病室で死人を」

 

 動きを止める。

 思い出される、悲しい光景。

 胸を幾度も切り裂かれた看護婦、イザベラの亡骸。

 

 後ろで、ぴらり、紙が落ちる音。

 

ξ 「女性を見ました……

 

「女性のものだけ?」

 

 やたらと明るい電灯の下で体中についた赤を見る。

 乾いてしまったそれは、そういえば、何者かもわからない死体の血液。

 

ξ 「いえ。もう一人、誰か分からない死体を」

 

 

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:06:21.37 ID:ZENPWxCt0

 

「では、顔は見ましたか」

 

 ……?

 

ξ 「いえ」

 

 何が言いたい?

 

「体つきは覚えていますか」

 

 何だ?

 

ξ 「それも、分かりません」

 

 この人は何を――

 

「それは――」

 

 

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:07:00.63 ID:tpgm+7wsO

 

文丸って書いてた

 

 

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:08:46.86 ID:ZENPWxCt0

 

 慎重に聴く。

 

 

「モララーさんの死体ではありませんでしたか?」

 

 

 背後で、衣擦れを聴いた。

 

 

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:09:32.27 ID:ZENPWxCt0

 

 

 

 どくん

 

 

 

 

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:10:55.31 ID:ZENPWxCt0

 

ξ 「え?」

 

 ゆっくりと、振り向く。

 

(メメ )「……

 

 男性が身を起こしてこちらを向いていた。

 聴いたのは、姿勢を直す時の音だった。

 

「モララーさんが、死んではいませんでしたか」

 

 ダンボールに座ったままの男が、投げ出している傷ついた足を見つめている。

 焦点の合わない眼で、ぼんやりと。

 

 

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:11:48.28 ID:ZENPWxCt0

 

「ひどく出血して、倒れ伏した。そうではありませんか」

 

 足の紫になった皮膚、どす黒い断面、縛った紐の白さ。

 乾いた血液がかさぶたのように切り口を縁取っている。

 

「誰かを守るようにして、たとえば、貴女を守るように死んだのでは?」

 

 血で固まったズボンの裾、多量の汗で濡れた布地。

 汚れきった衣服を纏った、見知らぬ男性。

 

ξ 「まさか」

 

 彼は口を聞かずに自らの足を見つめている。

 

 

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:12:35.14 ID:EqgRg/y9O

 

まとめは文丸さん

http://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/silenthill/silenthill.htm

 

 

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:13:55.67 ID:q/vBZWarO

 

ぎゃああああああ

夜に読むと怖いな

支援

 

 

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:14:14.85 ID:ZENPWxCt0

 

ξ ……

 

(メメ )「……

 

 冷蔵庫の低い稼動音だけが静寂を遮る。

 わたしと視線を合わせようとは、彼はしない。

 ただ、うつむいている。

 

 そうだ、彼はモララー。

 

「ツンさん?」

 

 はい、と小さく答えるも、それが扉越しに聞こえたかは分からない。

 声が掠れるのを自覚した。

 

 

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:14:56.38 ID:ZENPWxCt0

 

 

 

 どくん。

 

 

 

 

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:16:19.43 ID:ZENPWxCt0

 

「ひとつ、ただ、ひとつだけ、気になることがあります。

 さっきの彼は、本当にモララーさんなのか。信用にたる人物、あるいは、生物なのか?」

 

(メメ )「……

 

ξ 「モララーが、死んでいる?」

 

 ねと、とモララーの口が開かれるのを聴く。

 ぴらり、紙が冷蔵庫の前に何度目かの出現を果たす。

 

 断続的な、それでいて耳障りな音が、邪魔を……。

 

 ざわ、ざわ、ざわ。

 

 煤けていくように背景が黒くボケていく。

 モララーの姿が壁面が消えていくのに合わせて、ぼやける。

 

 ざわ、ざわ、ざわ。

 

 電灯を受けてつややかなタイルは、もはやない。

 冷蔵庫や棚も見当たらなければ、光があるかも分からない。

 

 何もない。

 

 

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:17:00.05 ID:ZENPWxCt0

 

 

 

 どくん

 

 

 

 

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:17:42.02 ID:ZENPWxCt0

 

 病院だ。

 

「ツンさん、問診表出しておいてもらえるかしら」

 

ξ゚听……え?」

 

「どうしたの? 珍しいじゃない、ぼうっとしてるなんて」

 

「夜勤でもないんだからしゃきっとしないと、婦長に叱られるよ、ツン」

 

ξ゚听「ごめんなさい。どうしたんだろうわたし」

 

「ほーら、おいでなさった」

 

「シーツにシワがあったってクレームがありましたよ!」

 

ξ;「す、すみません」

 

 いつものように婦長のお小言攻撃!

 たまんないなあ、もう。

 

 

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:18:31.64 ID:ZENPWxCt0

 

 

***

 

 息の詰まるような、空気の停滞した病室。

 暗い部屋にひとつの寝台とサイドテーブル、点滴スタンド。

 

「――――」

 

 声無き悲鳴を上げる、包帯に巻かれた人影がベッドにある。

 白かったはずの包帯は滲出した体液に汚されている。

 

「――――」

 

***

 

 

 

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:19:13.87 ID:ZENPWxCt0

 

 友達とゆっくりお昼。

 と言っても、もう午後三時だけど。

 

「あんなにネチネチ言わなくてもね!」

 

ξ゚听……

 

「ツン? おかしいわよ、さっきから」

 

ξ;「あ、ごめん聞いてなかった」

 

「ひっどい。久しぶりにお昼一緒に食べてるのに」

 

ξ゚听「久しぶり。そうね、久しぶりだったわね」

 

「ちょっとしっかりしなさいよ。それにしても、婦長も、ねー。あれじゃ婚期逃して当然だよね」

 

ξ゚听「今年40歳だったかしら?」

 

「自称、ね」

 

 くすくす笑いあって、コーヒーを一口。

 やっぱり楽しく過ごすには噂話が最適かな。

 

 

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:19:58.68 ID:ZENPWxCt0

 

 

***

 

 すすり泣くその声は、少女のものだと分かった。

 薬がサイドテーブルに置いてあり、その横に、ファイル。

 

【アレッサ・ギレスピー】

 

 少女の名前だろうか。

 しかし、全身を覆われた彼女の姿は惨い。

 

「――――」

 

***

 

 

 

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:21:07.98 ID:ZENPWxCt0

 

 近況を報告。

 そしたら、もう大爆笑。

 

ξ゚ー゚「やだ、笑いすぎよ」

 

「だって、おかしいじゃない!」

 

ξ゚ー゚「あの子、真顔で言うのよ」

 

「ますます笑える!」

 

ξ゚ー゚……まあ、確かにね」

 

「あ、ほら。お呼び出しよ。行ってらっしゃい」

 

ξ゚听「こら、そのニヤケ顔見られたら怒られるわよ!」

 

「はいはい」

 

 ロッカールームから出頭。

 あんまり休めないのがこの仕事のツライところ。

 

 

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:21:49.13 ID:ZENPWxCt0

 

 

***

 

 意味のある言葉が聴こえたように思える。

 おそらく、こんな感じだ。

 

『あなたも利用されている』

 

 背後で扉が開かれた。

 見たこともない男だ。

 

_ゝ・`)「聖女、ご機嫌は」

 

 少女が叫ぶ。

 

***

 

 

 

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:23:17.93 ID:ZENPWxCt0

 

 神妙な面持ちの先生。

 手には、小箱。

 

'`)「あの、これ受け取っていただけますか」

 

ξ;「え、でも、そんな。高価なものを」

 

'`)「婚約者としてこれくらいはさせてください」

 

ξ゚听「先生……

 

'`)「ちょっと早いですが。さあ、手を」

 

ξ*゚ー゚……はい」

 

'`)「では」

 

 リングについた宝石は、煌いて美しかった。

 耳まで赤くなるのが分かる。

 

 

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:24:51.62 ID:js/5roaCO

 

支援

 

 

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:24:59.21 ID:ZENPWxCt0

 

ξ゚听……?」

 

'`)「どうしました?」

 

ξ゚听「あの、何故左手の薬指に」

 

'`)「婚約指輪ですから」

 

ξ゚听「いえ、その」

 

'`)「ふふふ、なんです? 言ってみてください」

 

 

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:25:39.61 ID:ZENPWxCt0

 

ξ゚听「わたしは今、右手を出したのに」

 

'`)「?」

 

ξ゚听「左手に指輪をすると邪魔になると」

 

 言ったのは、誰だ。

 

 利き手にリングをはめる。

 それはよくないかもしれない。

 

 それを言ったのは誰だ。

 

 それは誰だ?

 

 

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:26:29.20 ID:ZENPWxCt0

 

 

 

 うーん、そっちだとちょっと邪魔になる。

 

 

 

 なんだろう?

 何がおかしいんだ?

 

 

 

 そうか、左手だと邪魔になる。

 

 

 

 

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:27:09.74 ID:ZENPWxCt0

 

(メメ )「眼を覚ませ、ツン」

 

 

 わたしは、急激な視界の消失にさらに困惑する。

 

 

 眼を、覚ませ?

 

 

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:28:03.79 ID:ZENPWxCt0

 

 身体がひやりとする。

 暗い。

 明かりは?

 

 少しして自分が床に横たわっていたことを知った。

 右手をついてしまい、痛みに呻く。

 

「おい。おい。ツン、そこにいるか」

 

「モララー?」

 

「どうなってる。俺は、いつからここにいた?」

 

 それなりに流暢な口調を取り戻している彼の顔が暗闇のせいで見えない。

 

 左手を床に這わせる。

 

 点滴類のビニール、滑らかなリノリウムの床、冷蔵庫のごく短い足。

 使い捨ての注射針が入っていたパック。

 それらを除けると、プラスティックの太いグリップに当たった。

 

 

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:28:58.44 ID:ZENPWxCt0

 

 地面に座り込んだままスライド式スイッチをずらし、円形の光を投射する。

 

(メメ・∀-)「まぶ、しいな」

 

 眼前に腕をかざしたモララーがダンボールの上に座っていた。

 前腕からは赤いチューブ。

 いや、赤の液体が通っていた、ビニールの管。

 

 輸血は完了したらしい。

 あのペースだと、終了するまでに一時間ほどかかるはずだった。

 ということは、その間見ていたのは……。

 

ξ 「モララー、あの、あなたは死ん――

 

(メメ ・)「驚いた。同じ夢を、見て、いたのか?」

 

ξ 「途中まで? ……夢?」

 

 そうさ、と彼が身を乗り出した。

 

(メメ ・)「死んでいたら、こんな、苦痛も覚えない」

 

 女房を夢に見て苦しむはずがない、と言葉が続く。

 

 

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:29:14.04 ID:Ikj8lcHFO

 

怖…

 

 

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:29:51.44 ID:EqgRg/y9O

 

支援

 

 

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:30:16.67 ID:ZENPWxCt0

 

 馬鹿げている、という口調で言い放つ彼の顔色は良くなっていた。

 万全とは言いがたいが、瀕死の状態は脱したらしい。

 

ξ 「それもそうだけど……。いえ、それよりも」

 

 どこからが夢――むしろ、幻影だったのか。

 境目の無い世界転換は恐怖。

 いつどこからわたしが狂ってしまっているのか、分からなくなるのだから。

 

 清潔で正常な病院内でのプロポーズ。

 あれは記憶の再現なのか。

 それとも、誰かの創作か。

 

(メメ ・)「なあ」

 

 挿入されていた、謎の病室に廻らせていた思考が、中断される。

 

(メメ ・)「俺の、過去、確認させてくれないか」

 

ξ 「過去」

 

(メメ ・)「俺が俺であると……確認させて、くれ、ないか」

 

 

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:30:30.94 ID:6p3NN9MBO

 

ゲームやりたくなった支援

 

 

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:30:59.24 ID:ZENPWxCt0

 

 黙って首を縦に振ると、彼は静かにそれを始めた。

 少年時代から赤裸々に語られる彼の歴史。

 そして、件の罪に話は移行していく。

 

(メメ ・)「強盗殺人犯。子供は一人いた。二年前、ブタ箱に入るまでサイレントヒルに。

      高校時代、に、知り合った女と結婚、でも妻は、マタンキの出産後死んだ。周りが死んでばっかりだ」

 

 俺のせいで、と辛そうに付け加えるモララー。

 

(メメ ・)「そこからは分からない。気がついたら息子に呼ばれて戻ってきていた。

      お前とこの町の路上で出会い、助け、それからは一緒に行動していた」

 

 短く息を吸い、区切ってから、

 

(メメ ・)「今。俺は、怪我もするし、血も流す。輸血、されなきゃ死んでた。死んでないってことは、つまり」

 

ξ ……分かった。あなたは、生きている」

 

(メメ ・)「俺は生きている。俺は、そう思っている」

 

 それが彼の中の、自身に関する記憶。

 

 

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:32:25.02 ID:zx33fQjL0

 

三角頭をレイプしたい

 

 

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:32:48.67 ID:ZENPWxCt0

 

 促されるでもなく、わたしは自分の番だと悟った。

 

ξ 「わたしは、ツン。ファミリーネームは……

 

 しかし、早速言葉に詰まる。

 ファミリーネームはいつのものだ。

 それに、結婚しているとしたら、どちら?

 

ξ 「わたしは」

 

(メメ ・)「フルネームは、ツン・ナイトウ。俺は、そう思っている」

 

 それが彼の中の、わたしに関する記憶。

 

ξ 「モララー」

 

(メメ・∀・)「あの男の言葉、は、この際どうでも、いいんだ。お前の言葉が聞きたい」

 

ξ ……わたしは」

 

 ぐ、と健全な左と欠けた右の、両手を握り締めた。

 

 

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:33:37.34 ID:ZENPWxCt0

 

ξ 「わたしは、ホライゾン・ナイトウの妻、ツン・ナイトウ。そう、ナイトウ……

 

 涙腺がじわりと緩んだ。

 思い出せる限りの記憶を、紡いでいく。

 

ξ 「出会いはサイレントヒルのバー。赴任してから一年半が経って、遊びに行った場所。

      そこで彼はにっこり笑って声をかけてきたの」

 

 身の程知らずな男だと思った。

 日系人はあまり好きじゃなかったからだ。

 なよなよして、顔はどこか抜けていて。

 

 特に、ホライゾン、ブーンはほんわかした雰囲気で、一見間抜けだった。

 でもそうじゃなかった。

 芯に強さがあって、教養もあって、そして何より優しかった。

 

 

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:35:14.25 ID:ZENPWxCt0

 

 連続殺人犯で、わたしをレイプした?

 そんな人間じゃない。

 少なくともわたしが覚えている彼じゃない。

 

 ありえない。

 

 フォックスにプロポーズを受けたというのも、同様にだ。

 彼との記憶は、ほとんどが黒に塗りつぶされて、思い出せない。

 それはむしろ、わたしが無意識下に消去したようでもある。

 

 その相手が婚約者だった?

 

 

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:36:13.25 ID:ZENPWxCt0

 

 なのに、ホライゾン・ナイトウとの思い出はいくらでも甦ってくる。

 

 日本の風習を教えてくれたのは彼。

 料理を失敗しても笑ってくれたのも。

 食事をキャンセルすることになって謝った相手も。

 

 公園に行ってゆっくり散歩したのも。

 こっちで売っている日本食の値段に驚いていたのも。

 ケンカをして、先に謝ってきたのも。

 

 そして、指輪をくれたのも。

 全部、彼だ。

 ホライゾン・ナイトウだ。

 

ξ;;)ξ「会い、たい」

 

 そう、わたしは思った。

 

 

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:36:14.02 ID:q1C1C1DEO

 

しえん

 

 

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:36:17.69 ID:ZgQmd4Cy0

 

私怨

 

 

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:37:57.90 ID:ZENPWxCt0

 

 結婚指輪をはめていたはずの、そして薬指の欠けてしまった「右手」を、胸に当てた。

 

 左手の邪魔にならないように、彼が、そうしてくれた。

 

――指輪する手が普通とは違うからって、どうってことないお?

 

――でも、なんだかおかしいわよ。

 

――僕が左に、ツンが右に。そうしたら、手を繋いだ時に指輪もキスできるお!

 

――……馬鹿ね。

 

 あの、プロポーズの台詞と笑顔。

 

 胸がきゅうと締め付けられ、息が苦しくなる。

 

 その気持ちが真実かどうかは、霧に――この町がそうであったように――包まれている。

 

 切なさを覚える原因が分からない。

 

 だから、余計に苦しい。

 

 

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:38:54.22 ID:ZENPWxCt0

 

(メメ ・)「指輪を、右にというのは、確か、か」

 

ξ; -;)ξ……記憶では、夫がそう提案したの」

 

 だから、フォックスに言われて欠けてしまった右の薬指を見た。

 わたしが、夫の行動を受け入れて、そこに指輪をしていたから。

 それが最も「右手を見た」理由として違和感がない。

 

 と、自分に言い聞かせる。

 

(メメ ・)「この町は、異常、だ。俺だってかなりのことが、記憶から、抜けている。

      ……それが、お前の、記憶の全てか?」

 

ξ; -;)ξ「そうね……。これが、全て」

 

(メメ ・)「……信じよう」

 

 不審な存在となったフォックスへの強い疑念。

 湧き出すナイトウへの気持ちは、愛おしさ。

 

 どこか遠くから保管庫へと響いてくるような、弱々しい声が聴こえる。

 

 入り混じったふたつの感情を抱えながら、それに耳を傾けた。

 

 

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:39:04.46 ID:zx33fQjL0

 

支援

 

 

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:39:40.15 ID:ZENPWxCt0

 

――ママ、逃げて。

 

 この声は遥か下から、床を通して聞こえてくる。

 

――お願い、逃げて。

 

 冷蔵庫の近くに落ちていた赤い紙も同じことを言っている。

 

――ママ。

 

 そうだ、わたしはこの子に会いたい。

 

 もしかしたら、わたしはフォックスを殺すのかもしれない。

 

 でも、そんなことより、助けを求めるこの子を抱きしめてあげたい。

 愛し合った夫がいて、そして彼との子供だと信じて、優しく。

 

 赦されなくてもいい。

 罪を背負っていても、子を愛してあげたい。

 

 今は、それだけが望みだ。

 もう、これから先は迷わない。

 

 

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:40:26.85 ID:ZENPWxCt0

 

 懐中電灯を向けると、モララーもぼんやりと宙を仰いでいた。

 その眼に、光るものが認められた。

 

(メメ )「マタンキ。苦しい、思いを、したな。待ってろ。いま、いく」

 

 彼は、息子に会ってどうしたいのだろう。

 会えば満足するのだろうか。

 それとも、「一緒の場所」へ行こうするのか。

 

 わたしが何かを訊く前に、彼は立ち上がった。

 片足立ちとなった彼に無言で肩を貸した。

 

 武器と明かりさえあればいい、という意見が一致した。

 螺旋階段へと戻って、装備品を大雑把に整理した。

 

 わたしの所持品は、鉄パイプ、ポケットに懐中電灯、腰にメス。

 一方、モララーは拳銃とマガジン、ベルトにやや大振りなナイフ。

 他はまとめて、保管庫の扉の前に置いた。

 

 かしん、がしゃん。

 

 このテンポは始めよりいくらか軽快となっていて、半周をすぐに下った。

 

 ランタンの明かりに照らされて、吊られた牢屋が再び見えた。

 中身はさっきの脚付き大玉と脚付きヒルだ。

 

 

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:41:59.37 ID:ZENPWxCt0

 

「ケアァアアアアアアアアア。キュアエアアアア」

 

 擬似・精子同士が共食いをしている。

 

 大玉は灰色の表皮の上に厚い皮膜を作っていた。

 それを食い破ることができず、精子様の怪物は困惑したらしい。

 

「ゲエェェェエッ! グエェエウウ!!」

 

 黒い液体が染み出して虚空に垂れ落ちる。

 わたし達が見ている中、脚付きヒルがまた一匹死んだ。

 残ったのは一匹。

 

 どこかのテキストで見たような光景だ。

 

 卵子は受精後、透明帯と呼ばれる皮膜を作る。

 そうして卵子と結合できなかった精子は、それに阻まれ死滅するのだ。

 もっとも、精子は共食いなどしないのだが。

 

 階段を下りながらもそちらを眺めていると、脚付きヒルが檻の鉄格子に身体をぶつけ始めた。

 寸詰まりに太った蛇のような身体をしならせ、何度も。

 十度目ほどで飽きたのか、今度は頭を格子の隙間にねじ込んでいく。

 

 

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:43:21.87 ID:ZENPWxCt0

 

 ぐり、めり、ぐりぐり、ずるぅり。

 

 わたし達の歩みが止まってしまった。

 呆気に取られてしまった。

 ぬらりとした灰色の身体が、鉄格子を滑り抜けて、落ちたのだ。

 

「クアアケケケケケケケケ。けけけけけけ!! けっけっけっけえええええ――」

 

 後を引く鳴き声を発して、落下。

 落下。

 落下。

 

 すう、と姿が闇に吸い込まれていく。

 

 そして、どたん、という鈍い着地音。

 

 モララーが、歯軋りをして呻く。

 

(メメ )「畜生……。畜生。クソ、クソ、クソ!」

 

 「誰か」が「屋上から」落ちたのを直視したように、呟き始めるモララー。

 

 

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:44:12.00 ID:zx33fQjL0

 

支援

 

 

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:44:58.28 ID:ZENPWxCt0

 

(メメ ;)「マタンキ。畜生。畜生! マタ――

 

 悪態をつくモララーが口をつぐんだ。

 それも無理からぬことだった。

 

 螺旋階段の外周を雨のように、脚付きのヒルが落下していったのだから。

 しかも、その姿が途中で少年の姿に変わるのだ。

 それが特定の人物の外見を模しているとなれば、ますます。

 

 水気を含んだ雪の塊が、ぼたぼた降っているような光景。

 見えない闇に吸い込まれていく一粒一粒が、小柄な人の形。

 一言でその様子を表すならば「最悪」だった。

 

 落ちてきた一体の怪物、あるいは、一人の少年と視線がかち合う。

 

 

          ( )

 

 

 モララーの息子と視線がぶつかる。

 

 

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:46:40.27 ID:ZENPWxCt0

 

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   ∴            ::  ( )

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 ・ ・・           (   ) (   )・・

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( )              ( )

 

          ( )

                    ( )

 

 

 

 

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:47:23.52 ID:ZENPWxCt0

 

 

    ( )               ( )

 

 ( )    ( ) 

                  ( )

 

        ( )            ( )

 

 ( )( )         ( )

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82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:47:56.02 ID:q/vBZWarO

 

マタンキwww

 

 

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:48:23.13 ID:ZENPWxCt0

 

 

 ばたばたばたばたばたばたばたばた。

 

 着地、あるいは衝突が間断なく続く。

 

 ぐしゃ、べちゃり、どたん、どった。

 

 耳を澄ませば、それぞれが水っぽく、あるいは、重々しく聴こえる。

 

 続く、続く、続く。

 

 

 

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:49:28.80 ID:ZgQmd4Cy0

 

四円

 

 

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:49:34.28 ID:ZENPWxCt0

 

ξ ……

 

(メメ )「くそ。くそ……マタンキ……

 

 二年も昔に芽生えた罪悪感が強力に根を伸ばし、わたしの精神を縛っていく。

 未だに癒えない心の傷が、無理矢理こじ開けられる。

 眼を背けても、外壁の無い螺旋階段では意味がない。

 

 どこを見ても彼は落ちていく。

 どこからでも、マタンキ君は笑って落ちていく。

 わたし達を見て、空っぽの笑みを浮かべるのだ。

 

 がきん、と異質な存在感の主張。

 

 受精卵と化した脚付き大玉の入った檻が大きく揺れた。

 

 がががががががが。

 

 そのまま、鎖が伸びて下方へと急速に落下する。

 

 がっきん。

 

 そして、唐突に停止した。

 螺旋を三周した後、わたし達が横を通過する辺りだ。

 

 

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:50:49.25 ID:ZENPWxCt0

 

 ぼたぼたと少年もどきが落ちていく中、階段を下って檻の近くに到達する。

 鉄格子の中身は成長していた。

 生理的嫌悪を催す、微細な穴を持っていた大玉は、「細胞分裂」していた。

 

 胎児へと発生する過程の、未成熟な胚。

 エビのように縮こまった体は灰色で、巨大だ。

 成人男性が膝を抱えているような大きさ。

 

 ぬめった表面に明かりを当てると、てらてら光を返した。

 

(メメ )「随分、早く、成長しているな」

 

ξ 「そうね」

 

 がきん。

 

 がりがりがりがり。

 

 吊られた牢屋がさらに深部まで下ろされる。

 そして、鉄のひしゃげる音。

 どうやら、半ば落とされる形で檻は底に着いたらしい。

 

 

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:51:46.04 ID:Ikj8lcHFO

 

まさしく狂気

 

 

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:51:47.93 ID:ZENPWxCt0

 

 降り続ける人体の雨に慣れてしまった。

 害はなく、足元さえ見ていれば辛うじて耐えられる。

 わたしはモララーの補助に努めた。

 

 長い階段だ。

 気が狂いそうなほどに長い。

 気が狂っていても気付けないほどに長い。

 

 妙な間隔のステップ音が上方から聞こえてきた。

 

 仰げば、闇に紛れて白っぽいものが階段を下りているのが分かる。

 歩き方から察するに、あれは、さっきまで戦っていた相手。

 数は、三体。

 

(メメ ・)「まだ、ナースの生き残りが、いた、か」

 

 手摺を支えにした、不安定な足取り。

 ショットガンのような長い物は持っていない。

 

ξ 「急がないと」

 

 螺旋の吹き抜けを見下ろすと、ランタンはあと10個。

 つまり五周分、高さにして30mほどか。

 底部に何かがあることを期待して、段を降りる速度を上げた。

 

 

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:52:48.29 ID:ZENPWxCt0

 

 あと二周ほどというところで、底が見えた。

 打ちっぱなしのコンクリート床。

 そこに、赤い紙の張られた鉄扉も確認できる。

 

 追っ手のナース達は三周と半分、上にいる。

 なんとか逃げ切れるかもしれない。

 今やりあいたくはない。

 

 ぼんやりと響く声を聞く。

 

――助けて。

 

 今までの声だけじゃない。

 複数の子供の分が重なっている。

 

(メメ ・)「マタンキだけじゃない……

 

ξ 「そうね……。何人もいる」

 

 ようやく聞けた、本当の気持ち。

 

 待ってて、すぐ行くから。

 

 

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:53:00.24 ID:EqgRg/y9O

 

支援しよう

 

 

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:54:15.49 ID:ZENPWxCt0

 

 螺旋階段が終わった。

 

 じっとりと汗をかいている。

 無理を押してペースを上げただけの疲労は押し寄せていた。

 わたし達は上がった息のままで、ドアを目指す。

 

 背で聞いていたナース達の足音が、金網のステップのそれから硬質なものに変わる。

 

 彼女らも、到着してしまった。

 

 モララーが拳銃を腰元から引き抜き、振り返る。

 身体を支えてやり、わたしも鉄パイプを握り締めた。

 

 だが、看護婦達はこちらに来ない?

 

 彼女らが向かった先は、階段外周に相当する方向。

 少年の雨が降り注いだところは、一様に黒っぽい肉片に床が覆われていた。

 不浄な体液を踏みながらナースが歩み寄っていくところには――

 

 そこには、崩れかけた鉄格子が地に落ちていた。

 それはもちろん、さっきからわたし達に着いてきていた、宙吊りの牢屋。

 いや、宙吊りだったもの、だ。

 

 

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:54:51.33 ID:ZgQmd4Cy0

 

シエン

 

 

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 22:55:12.91 ID:ZENPWxCt0

 

 看護婦の一人が手にした何かを振り上げた。

 そのまま、ぐらりぐらありと近づいていく。

 残りの二人も遅れてそれに倣った。

 

 そちらから、赤ん坊の泣き声。

 

ξ 「!」

 

 巨大な赤ん坊がそこにいた。

 

(メ; ・)「おい、ウソだろ」

 

 モララーがグロテスクな幼児に驚く。

 だが、わたしはその手前に注目していた。

 先行していたナースの手にした刃物の煌き――メス――だ。

 

ξ; 「やめて!」

 

 叫びこそしたが、身体は動かなかった。

 

 本来、子宮内で胎児は泣かない。

 わたしのお腹にいた子は、呼吸すら許される前に殺された。

 なのに、何故「あれ」が記憶の細胞塊と被るんだろう。

 

 

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:00:46.69 ID:ZgQmd4Cy0

 

紫炎

 

 

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:02:18.94 ID:6p3NN9MBO

 

さるったか?

支援

 

 

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:02:59.61 ID:ZENPWxCt0

 

 腫れぼったいまぶた、ちょっとふやけた手や足の先。

 額にのみ、べっとりと張り付いた髪の毛が少し。

 丸めた背中と、腹から伸びるへその緒。

 

「ふゃあ、おぎゃああ」

 

 へその緒は、牢屋の天井に続いている。

 それは、真っ暗な空から黒い地面に下ろされた鎖だ。

 この暗闇の、それも鉄製の子宮内に「あれ」はいる。

 

「ふぎゃ、ふぅあああ」

 

 無情な仕打ち。

 「あれ」は無抵抗だ。

 眼も、耳も利かない。

 

 カツンカツン、とローヒールの靴がコンクリートを叩いて近づく。

 

 なのに、看護婦がメスを握った手を叩きつけようとしていた。

 

 

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:04:17.84 ID:ZENPWxCt0

 

 人の持った鋭いものが柔らかいものに刺さると、鈍い音がするらしい。

 勢いがあるほど、行為者の体重があるほど、それは大きい。

 

 それは、刺さった刃物でなく、握った手が対象にぶつかる時に起こるからだ。

 刺突ではなく、ほとんど殴打による衝撃音。

 

 そんな分析をして、心の平静を保とうとした。

 

 

 どん。

 

 

 メスが引き抜かれる前に、黒い体液が噴出す。

 

 そういえば、マタンキ君に似た雨は止んでいるな……。

 

「っぎやぁ――――っ」

 

 刹那の思考を裂くように、赤ん坊が耳をつんざく悲鳴を上げた。

 

 

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:05:37.47 ID:ZENPWxCt0

 

 がりがりがりがり。

 

 がしゃあん。

 

 それが、七回続いた。

 螺旋階段の八方を囲むようにして鉄の檻が落下してきたのだ。

 

 看護婦達が一個目の檻から身を引いて移動を始めた。

 右隣に、または、その逆方向に、あるいはわたし達に向かってそれぞれが歩きだす。

 

 ……残された、刺し傷だらけの肉は泣き声を上げなくなっている。

 

 最短で右方の檻に辿り着いた一体が、産声を上げる灰色の肉塊にメスを立てた。

 

 阿鼻叫喚とはこのことだ。

 飛び散る体液に悲鳴、裂ける肉、小さく鋭い刃。

 

ξ;;)ξ「こんなこと、やめて」

 

 こちらに来た看護婦が、数歩の距離を残して立ち止まっていた。

 彼女は右手にメスを持ち、空いた左手を差し伸べてくる。

 例の泡立つような鳴き声を発しながら。

 

 

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:07:09.83 ID:ZENPWxCt0

 

 指差すのは、わたしの腰元にあるもの。

 

 鞘に収まった医療用のメス。

 

 言わんとすることは分かる。

 だが、絶対にやりたくない。

 

ξ;;)ξ「いや! そのためにこれを握るんじゃない!」

 

 灰色の皮膜に覆われた顔面が、横に小さく傾く。

 「なんで今更、躊躇するの?」

 そんな言葉が聞こえてきそうだった。

 

ξ;;)ξ「違うの! 違うのよ!」

 

 からん、鉄パイプを取り落とす。

 精神に冷たい刃を入れられたように、胸が切り裂かれる思いがする。

 どんな暴力よりも痛く苦しい、こんな恐怖は初めてだった。

 

 看護婦がわたしの参加を求めているのだ。

 

 一緒に赤ちゃんを殺しましょうよ、と。

 

 

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:07:50.77 ID:ZENPWxCt0

 

(メメ ・)「ツン。もういい。放っておけ」

 

 肩を貸しているわたしの方が、モララーに導かれる。

 彼はどうやら、銃弾を無為に使ってまで止めることでもない、と判断したらしい。

 

(メメ ・)「操ら、れているのか、狂っている、のか」

 

 不思議そうにわたし達を見送るパペット・ナースが、新たな赤ん坊に向かっていった。

 ちらりと見れば、他の二体は、それぞれが担当した中絶対象を殺しきってさらに移動中だ。

 

 「こわいおんな」達は、嬉々として殺戮に殉じているようだった。

 

 折れてしまっても、メスを振り下ろし続ける看護服を着た異形。

 

 檻の中で死の予感すらなく、ただひたすらに殺されていく巨大な灰色の異形。

 

 この光景は一生忘れらないだろう。

 たとえ何年経っても思い出され続けるはずだ。

 「こわいおんな」は、わたし自身でもあった、ということを。

 

 

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:08:41.50 ID:ZENPWxCt0

 

 赤い紙を扉から剥がし、読み上げる。

 

ξ 「『ありがとう、でもごめんなさい』」

 

(メメ )「『にげてほしかった。でもたすけてほしかった』」

 

ξ 「『もう、かえれないかもしれなくって、ごめんなさい』」

 

(メメ )「『きてくれて、ほんとうにうれしかった』」

 

 役に立つ情報ではない。

 だが、わたし達が聞きたい言葉ではあった。

 

ξ 「さあ」

 

(メメ )「ああ」

 

 おそらく、これは地階で開かずの間となっていたであろう扉。

 病院に勤めてきて、一度もその向こうを見たことがない。

 

 未知であるとの覚悟も相まってだろうか。

 何が起きても、もう驚かない気がする。

 どこへ繋がっていても、不思議であるとは、思わない。

 

 

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:09:45.93 ID:ZENPWxCt0

 

 膨れ上がった悲しみを抱えたまま、ドアをくぐる。

 

 

 その先は、鉄と錆びにまみれた、暗澹たる「遊園地」だった。

 

 

Save

 

 

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:10:28.65 ID:ZENPWxCt0

 

 

 

 ツンが持っていたカバンの中身。

 

 

 

 

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:11:14.31 ID:ZENPWxCt0

 

【免許証】

 

Name Tsun = (

 

(写真)

 

Sex Female

 

 

 ※の部分の文字は歪められて読めない

 

 

【財布】

 

 レシートは入っていない。

 彼女はこまめに家計簿をつけるためだ。

 所持金、272ドル79セント。

 電話用にクォーターを3枚持ち歩いている。

 

 

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04() 23:11:59.93 ID:ZENPWxCt0

 

【オキシドール】

 

 過酸化水素水。消毒用に利用されるもの。

 理科実験でもカタラーゼなどを触媒にして酸素を発生させることがある。

 強い還元力を持ち、粘膜に付着すると失明の恐れがある。

 

 

【ソーイングセット】

 

 彼女がハイスクール時代に購入したもの。

 黒のプラスティックケースに入っている。

 縫い針・まち針が数本と白・黒の糸がふた巻き。

 よく使い込まれている。

 

 

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/04(